【学校×親 往復書簡】不登校をめぐるすれ違い②:中高一貫校という環境

今回のコラボ相手

grey-boy

このコラボ記事は、不登校のお子さんの子育てについて発信しているブロガー、grey-boyさんとの往復書簡です。一貫校のお子さんの不登校に向き合う日々の中で感じたことを、率直で温かい筆致で綴っていらっしゃる方です。

-この記事について-

このたび、不登校のお子さんの子育てについてブログで発信されているgrey-boyさんとご縁があり、コラボ記事としてこの企画をご一緒させていただくことになりました。

テーマは、「不登校の子どもをめぐって、学校と保護者の間で起きるすれ違い」。grey-boyさんに、ご自身の体験と感じていらしたことを先に書いていただき、それを受けて私が元教員として返信を書く、という往復書簡の形式です。

今回のテーマは「中高一貫校という特殊な環境」。一貫校に通われる多くのご家庭にとって参考になるように様々な事情を書きました。

まずはgrey-boyさんの記事を先にお読みください。

【不登校の親✕元教員 往復書簡その1】不登校に思う親の思いと学校の対応とのジレンマ

お読みいただいた上で、”学校側からの返答”にあたる以下の記事を読んでいただければと思います。


返信:中高一貫校という特殊な環境と不登校

grey-boyさんの記事を読ませていただいて、返信を書きながら、私自身が中高一貫校で教員をしていた頃のことをずいぶん思い出しました。

当時の生徒たち、職員室の空気、電話や面談での会話。一つひとつの場面が、その時の感情とともに立ち上がってくるような感覚がありました。

中1の2学期の決定打、それ以前の伏線(朝の起床困難、長い通学時間、課題の量)、不登校になった後の学校との関係性の変化など。

grey-boyさんの記事は、これらを時系列で丁寧に描いてくださっているので、中高一貫校で不登校となった一例として、外からは見えにくい部分まで含めて立体的に伝わってきます。

今回の返信では、中高一貫校という環境そのものが持っている特殊性と、その中で起きる不登校について、教員側から見えていた景色をお話ししたいと思います。grey-boyさんの息子さんの状況だけの話ではなく、似たような環境にいる多くのご家庭にとっても、何か参考になる部分があれば幸いです。

中高一貫校では「勉強」で序列化されがち

多くの中高一貫校の最大の特徴は、学校全体が「勉強に向かっている」という点にあります。すべてがそうとは限りませんが、進学校と呼ばれる学校では、ほぼ例外なくこの傾向があります。

考えてみれば当然のことで、ここに集まっているのは、中学受験という小学生にとっては過酷な競争を勝ち抜いてきた子たちばかりです。その勢いそのままに中学生活が始まり、「みんなで勉強をしっかりやっていきましょうね」という世界観の中で、学校生活のすべてが進んでいきます。

もちろんこれは魅力でもあります。

学力がしっかり身につく、切磋琢磨できる仲間がいる、進路の選択肢が広がる。そうした環境に身を置けること自体は、間違いなく価値のあることだと思います。

ただし、中学1年生の子どもにとってかかる負荷としてはどうでしょうか。

同じ教室の中で、勉強をがんばることが「当たり前のもの」となっていて、学業での成果がすべてという価値観に支配されてしまう。そこにうまくフィットできなかった場合、逃げ場がありません。

普通の公立中学なら「勉強はあまりできないけれど運動が得意」「勉強よりは音楽が好き」という多様性が教室の中に共存しています。

ところが、中高一貫校ではその多様性が現れにくい。勉強という一本の軸に、価値観が一元化されやすいんですよね。

勉強がきっかけで不登校といっても様々

私が見てきた限りでは、中高一貫校で不登校が起きるときは、通常の学校と比べて勉強に関するものが比率として高いように感じられました。勉強といっても様々で、例えば2つのパターンをよく見かけました。

1つは、学習面でのつまずきです。授業についていけない、課題が期日に間に合わない。不登校になる前に、まず「勉強中心の学校生活を送ることが体力的にも精神的にも辛い」という状態が続きます。

もう1つは、周囲との比較による自己肯定感の低下です。みんなが勉強を一生懸命やっている中で、「自分はダメな方なんだ」という意識が強くなり、やる気そのものが失われていく。先ほど触れた通り、一貫校では「勉強」という一本の軸で序列化が起きやすいのもそれに拍車をかけています。

実はこちらのケースで不登校になる生徒は、学校での成績は必ずしも悪いとは限りません。「自分はトップのはず」という高いプライドをもっていて、例えばクラスで5位だった場合、成績上位であっても劣等感を抱えてしまいます。

そして、これらに加えて重くのしかかるのが、通学による体力消耗です。

公立中なら歩いて通える距離が基本ですが、中高一貫校はそうはいきません。中1の小さい体で、重い荷物を持ちながら、満員電車に乗って毎朝1時間かけて通学する。これだけで一仕事です。

grey-boyさんの記事に出てくる「乗り換えの駅でトイレに駆け込み」「最寄駅を寝過ごす」というエピソードは、わりと”あるある”のエピソードでもあります。

これらが複合的に重なって、子どもの心は折れてしまうことがあります。grey-boyさんの息子さんのケースもそうかもしれません。

中高一貫校には行政サポートが届かない件

それと、これは初耳の方が多いかもしれません。

grey-boyさんの記事の中には、不登校に関して「公立中の方が手厚い対応なのだと感じた」という記述があります。これは実際その通りで、致し方ないところがあります。

中高一貫校(主に私立)と公立中では、不登校への対応に使えるリソースに、根本的な差があります。

公立中には、自治体単位で用意されているサービスがいくつもあるんです。校内に教育支援センター(適応指導教室と呼ばれているもの)が設置されていたり、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーが配置されていたり。

これらは教育委員会が主導して整備しているもので、学校単位で用意しているわけではないんですよね。

ところが、私立の場合は、これらの取り組みの対象となりません。学校が独自に予算を組んで用意しないと、同じようなサポート体制が作れない。お金にも人にも限りがある中で、各校が手探りでやっているというのが実情です。

ちなみに、もう少し正確にいうと、私立というより「自治体(教育委員会)の管轄から外れている学校は不利」ということになります。だから国立の中学や高校(例えば国立大学の附属中高)も私立と同じ立場で、自治体(都道府県や市区町村単位の)サービスの対象外になるそうです。

grey-boyさんが「ブログを通して公立中の不登校対応を知って、対応の差を感じた」と書かれていましたが、学校の対応の差が生まれる背景には、学校にそもそも提供できるリソース(予算など)に差があることを知ると、少しは納得がいくかもしれません。

以上は、学校という組織単位での不登校対応の話です。一方、教員という個人単位ではどうでしょうか。

後にも述べますが、担任の対応という話でいえば、正直いって個々人で大きく違うので、「公立は温かいけど私立は冷たい」といった一般的な特徴はないと思います。個人にもよるし、学校にもよるということです。

余談になりますが、学校単位での不均衡を改善するには、不登校支援を文科省→自治体(教育委員会)のリレーで行うのでなく、文科省が直に管理するのがよいと思っています。

まあ、そのあたりはいわゆる教育政策の話になりますから、私のような現場の人間じゃなくて学者などを含む有識者に検討していただくことになるんでしょうね。

不登校の生徒に対しての担任の役割

さて、一般的な知識を語るのはこれくらいにして、ここからは少し踏み込んだ話に入っていきましょうか。

grey-boyさんの記事を読んで、おそらく多くの方が気になるポイントが中1の頃の担任教員の対応でしょう。具体的には、息子さんが学校に行かなくなった後、事務的な連絡しか来なかったという部分。

「中間テストが受けられそうか」
「合宿の保険関係で出欠どうするか」

これらは確かに必要な連絡です。学校としても期日があるし、場合によってはお金も動くので伝えなければいけない。

ただ、担任という立場の業務として、それに加えてやるべきことがあるんですよね。

それは、本人の状況を把握すること、できるなら本人に直にアプローチすることです。例えば保護者に電話した際、本人に電話を変わってもらうことは可能かきいて、問題ないとのことだったらちょっとでも会話する。それが不可能なら保護者づたいに本人の様子をきいて、打てる手を考える。

なんといっても担任は、その子の成長を保護者と一緒に見守るのが仕事ですから。仮に学校に来られないとしたらそれで終わりではなく、家で一日を過ごす子どもについて、保護者と一緒に悩むのは当然のことだと思います。

もちろん、生徒の中には「学校の先生を怖がっている」「先生からの連絡そのものが負担になる」というケースもあります。なんなら保護者も学校からの連絡を嫌がっているケースも少なくありません。そういう場合は、距離を取ることが正解になることもある。

ただgrey-boyさんの息子さんのケースは、この記事を読む限りではそうではないですよね。むしろ、担任の先生と関係を作っておく方が、本人にとっても保護者にとってもメリットがあるタイプかと思います。

ですから、この時期の担任の対応は、文章を読む限りではあまりうまくないようです。自分の仕事を理解していないのか、距離の取り方を間違えているのかまではわかりませんが。

学校としての対応(チーム学校?)

ただし、これって担任個人だけを責めても仕方がなくて、なんならそれを超えた部分の方にフォーカスされるべきだと思います。

学校というのは、担任によって対応がバラバラになると一気に問題が噴出する場所です。grey-boyさんの記事には、「不登校親の会で他の先生の対応を聞いて、頻繁に連絡をくれる先生もいると知って驚いた」という記述がありました。

こういう対応の差は、いわゆる「担任ガチャ」と呼ばれているものです。

学校からしたら、この言葉は本当に嫌です。同じ学校の中で、対応が担任によって全然違うという状態は好ましくないので、なんとか改善しようとしています。

これを防ぐのは、1つはミドルリーダー(学年主任など)の役割です。私自身、学年主任をしていた頃は、不登校になった生徒の対応は学年会議で共有するし、それだけじゃなくて必ず自分も介入していました。

担任1人に任せず、学年主任が並走する。そうすることで、他の不登校生徒への対応と大きくズレないように調整できるわけです。

おおざっぱにいうと、「担任ガチャ」を防ぐのが学年主任の仕事、「学年ガチャ」を防ぐのが教頭とか副校長の仕事ということになりますかね。それぞれのレイヤーで、組織全体の対応をならす責任があるわけです。

grey-boyさんの記事を読む限りでは、学校内でこうした役割分担がうまく機能していなかったように見えました。学年主任なり教頭なりがちゃんとチェックしていれば、担任の事務連絡だけで放置されるという状態は防げたはずです。

いわゆるリーダー層だけではありません。一貫校なので手薄ではあったでしょうが、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーといった専門職も助言することが推奨されています。

「チーム学校で対応にあたろう」なんてスローガンもやたら聞きます。

担任だけで抱え込まない体制をつくろうということで、その考えに基づけば、担任の対応がまずかったとしても責任は担任ではなくチームであたらなかった組織にあるのだということになります。

オンライン授業は本当にできないときもある

それとgrey-boyさんの記事の中で、「学級閉鎖等でオンライン授業があるので設備はあるようだが、不登校の生徒のためには使ってもらえないらしい」といった話がありました。

これは、不登校の保護者の方からたまに寄せられる質問です。「学級閉鎖の時は授業が配信できるのに、なぜうちの子のためには使ってくれないのか」と。

ただ、これには技術的な事情があります。実は私、まさにこの担当をしていた経験があるのでよく分かるんですが、オンライン授業にはハードルが高いものと低いものの2段階があるんです。

ハードルが低い方は、「撮影用の授業をする」というやり方です。教室に生徒が一人もいない状態で、誰もいないホワイトボードや黒板に向かってカメラに向かってしゃべって、それを撮って配信する。

これはそんなに難しくないんです。コロナ禍で各学校が必死にやっていたのは、ほぼこちらのスタイルです。

もちろん物理的なホワイトボードを用いずに、スライド資料とかデジタルホワイトボードにするとより簡単になります(なんなら家からでも配信できます)。Schorbitでやっているのもこのパターンですね。

一方、ハードルが高い方は、「実際に行われている授業をその場にいない生徒にも映像で届ける」というやり方です。教室では普通に授業が進んでいて、その様子をカメラとマイクで撮影・録音して、欠席している生徒に向かって配信する。これがかなり難しいんですよね。

何が難しいかというと、画質・画角・音質、すべてです。板書がカメラに映りきらない、逆に文字が小さすぎて読めない、マイクと口の距離が離れすぎて聞き取れない、等々。

挑戦している学校はたくさんあるんですが、実際には「これだったら、YouTubeにある解説動画を見てもらった方がよっぽど分かるよね」という状況に陥りがちです。

だから、「学級閉鎖用の設備で不登校の生徒の授業を配信する」というのは、本当にできないんだろうと思います。まったく不可能ということもないけど、実用に耐えられるレベルの配信はできない、というケースだろうと推察します。

話は逸れますが、授業の同時配信とかオンデマンド配信について少し敷衍します。

これらは学校にとってかなり魅力的な技術で、不登校対応だけじゃなくて、部活で公欠の生徒に授業動画を配信するとか、そういう意味でもとても価値があります。だから多くの学校が導入を検討したと思いますが、実現しようと思ったら相当なお金が必要になります。

コロナのときだけ補助金で用意できたんですが、それ以降はそういうものもなくなってしまったので、まあ、そのまま見送っているところがほとんどなのでしょう。

中高一貫校で不登校を減らすには

話を戻して、中高一貫校で起こりがちな「勉強」を軸にした不登校について、私個人の考えを書かせてください。

中高一貫校で不登校を減らすためには、結局のところ、価値観や自己肯定感を多様な形で育てる環境を作ることに尽きると思っています。

地元の公立中なら、勉強がダメでも他の何かで自己肯定感が保たれます。スポーツができる、絵がうまい、笑いを取るのがうまい、何でもいい。「勉強以外の軸」が教室の中に複数あるのが当たり前です。

中高一貫校の場合、これが「勉強=成績」一本に集約されやすい。みんなが勉強を頑張っている前提で動いているから、勉強で躓くと、他に逃げる場所がない。

だからこそ、いささか逆説的ですが、勉強以外の価値を学校全体で認める空気を作ることが、本当はとても大事になってくると思っているんです。

それは「スポーツや文化活動のような分かりやすいもの」じゃなくていいんです。「ゲームがうまい」「漫画を描くのがうまい」「変なことをよく考える」、そのレベルでも全然いい。

学校という場所で「あいつはあれが価値があるよな」と認められる軸が、勉強=成績以外に複数あること。それが救いになるんですよね。

ただし、これを実現するのはそんなに簡単ではありません。

例えばテスト順位の扱い方を考えてみると

具体的な例を一つ挙げます。

たとえば、定期テストの順位をどう扱うか。これだけでも、学校のルールとして変えようとすると、本当に大変なんです。

選択肢としては、

  • 教室の壁に全員の順位を貼り出す(他人に知られる)
  • 個別の成績表に自分の順位だけ書いて返す(自分の位置は分かるが他人の順位は分からない)
  • 順位そのものを非公開にする(点数だけ伝える)

このあたりが考えられます。私個人としては、どちらかというと「非公開」を支持する立場なんです。学力で序列化することのデメリットは、小さくないと感じているので。

勉強とか成績がきっかけで学校が嫌になる、不登校になるというケースを避けたいなら、基本的に成績という軸を意識させないことが一番でしょうから。

ところが、これを学校の方針としようものなら、教員からも、保護者からも、当の生徒たちからも反発を食らうこと必至です。

「順位が見えないとモチベーションが下がる」
「うちの子の頑張りが見えなくなる」

そうした意見もそれなりに筋が通っていて、簡単には決着がつかない。

ついでにいうと、模試の場合はそもそも学校で扱いを変えられません。校内順位や全国順位が結果に印字されてくるので、どうしようもない。

進学校でよくある現象として、模試の結果が返却された日に保健室に行く生徒が一定数いるってことです。学力という観点で自分と向き合うことが、それくらい強いストレスになっているんですよね。

普通の学校では、模試の結果なんて机の引き出しに突っ込んで終わり、それよりも新体力テストの結果の方が盛り上がる、みたいな感じですが、中高一貫校はそこの空気が違うんです。

つまり「価値観を多様にしましょう」と言うのは簡単なんですが、テスト順位の公開ひとつ取っても、関係者の意見を調整して動かすのは本当に難しい。同じような難しさが、教育の現場ではあちこちに転がっています。

だからこれを改善するのは困難です。

一貫校で自信を失っている子に伝えたいこと

少し話題が逸れますが、オマケとして一つだけ、伝えておきたいことがあります。

中高一貫校で不登校になった子の中には、自分のことを「深海魚」みたいな言葉で自嘲する子がいます。grey-boyさんもブログタイトルに「サブマリン」という言葉を使っていらっしゃいますが、これも近い感覚なのかなと思っています。

私の経験で言うと、こういう「中高一貫校でうまくいきませんでした」と自嘲気味に話す子たちって、実はすごく優秀な場合が多い

なんというか、感性が鋭くて、物事に独自の視点があって、そもそも成績が悪いだけで頭が良い。そういう子が多いんです。

だから、もし彼らにぴったりはまる場所さえ見つかれば、世の中を引っ張っていくタイプの人材になり得るし、誰もできないような仕事をする人になっていくんじゃないかなと常々思っています。

中高一貫校という狭い環境の中の、しかも「勉強=成績」という一本の軸だけで自分を測ってしまうと、自信を失ってしまうのは無理もないんですが、その軸は、社会全体から見ればほんの一時、狭い場所で効果があるものに過ぎない。

レベルの高い井の中で自信を失っていても、玉石混交の大海に出てみると、「自分には意外とできるかもしれない」と感じられるタイミングが必ず来ると思っています。

これは教員として多くの生徒を見てきての、純粋な実感です。

なので、自分はダメだと決めつけないでほしいですね。

~次回に続きます~

ということで、grey-boyさんの記事の前半、中1のときに不登校に至るまでの過程について、教員側から見えていた景色をお返ししました。

grey-boyさんが書いてくださった記事には、後半にもう一つ大きなテーマがあります。そちらについては、また次回の往復書簡(③)で改めてお話しします。

grey-boyさん、貴重な体験を率直に書いてくださって、本当にありがとうございました。

長くなってしまいましたが、以上が「中高一貫校という環境について」でした。


■ 進路に悩む不登校の中高生、募集中

ということで、今回は実際に不登校のお子さまを育てた経験のある方からとの往復書簡をお送りしました。

行事参加は悩ましいテーマの1つですが、一方で、私は「行事より進路の方が大切」という意識をもっています。ありていにいえば、学校教育などしょせんはチュートリアルモードにすぎない、その後が大丈夫なら気にする必要はないという立場です。

そのような考えのもと、私たちSchorbitは、中学・高校それぞれの段階で自宅からの受験を支援しています。

中学生向け、高校受験対策のSchorbit REBOOT
高校年代向け、大学受験対策のSchorbit

この2つで、進路に悩む不登校の子どもを再び軌道にのせるためのサポートを行います。

詳しくは該当する画像をクリックしてください。皆様の参加を心よりお待ちしております。