【不登校 親の体験談】
親の限界と「待つ」覚悟。
休んだ日々が、我が家の「灯り」になるまで

【Schorbitからのご案内】
本記事は、Schorbitの運営スタッフではなく、実際に不登校のお子様を育てた経験をもつ外部の保護者の方による寄稿記事です。 実体験に基づいたリアルな葛藤や、そこからの気づきが綴られています。現在、お子様の不登校やこれからの進路に不安を抱えられている保護者の皆様にとって、少しでもご参考となれば幸いです。
「学校へ行きたくない」息子がそう口にしたのは、わずか7歳の時のことでした。
それまでは友達も多く、勉強も運動も楽しそうにこなしていた子です。「どうしたらよいのだろう」と、私たちの長い模索の日々が始まりました。
当時はまだコロナ禍前。学校から熱心に登校を促され、だんだんと不安定になっていく息子。その姿を目の当たりにし、私は仕事を辞め、学校と距離を置く決断をしました。
「やれるけど疲れる」という見えない境界線と、「遊び」に費やした日々
息子に発達の偏りがあることが分かり、医療機関とつながることになりました。主治医の先生の言葉は、私の視点を変える転換点となりました。
「やれるやれないの間にね、やれるけどものすごく疲れる状態があるんだよ」
周りと同じように振る舞うことはできる。けれど、その裏側で息子はフルスロットルで走り続けるような、猛烈な負荷を感じていたのかもしれません。「今は休んでゆっくり家で過ごしてね」という先生の考えは、私たち親子の心を軽くしてくれました。
何かに追われることなく、楽しく遊ぶ日々。これが今の我が家の最善だと、息子の屈託のない笑顔が教えてくれました。
そうして2年がたった頃、転機が訪れます。友達と遊んで帰ってきた息子が、ポツリと言ったのです。
「学校、行ってみようかな」
不登校中も特定の仲良しの子とは遊んでいましたが、その日は他の同級生にも会い、自然に遊べたそうです。元々は友達と遊ぶのが大好きな子です。本来の自分が出てきたのでしょう。短時間から学校へ少しずつ通い始め、小学校高学年では元気に学校生活を送ることができました。
外れてほしかった「想定内」の再不登校
しかし、中学という環境は甘くありませんでした。周りは部活、塾と受験を見据えてスピードを上げていきます。この環境は息子には負荷が大きいかもしれない、と心配していました。
案の定、最初は勢いよく飛び出しましたが、やはり体は正直でした。朝晩の嘔吐という体調不良が始まり、中学1年生の2学期から二度目の不登校となりました。
「この想定は外れてほしい」と願っていましたが、私たちには経験という強みがありました。「この子は人が好きな子。エネルギーが溜まれば、また外の世界へ目が向くはず」——そう信じて、再び「待ち」の姿勢に入ることができたのです。
支えになってくれた友達
この時も支えて引っ張ってくれたのは友達でした。今は学校に行かなくても、オンラインゲームでつながっていられます。友達との関係が切れることはありませんでした。
再不登校になって半年近くになる春休み前のことです。「春休みに友達に出掛けようと誘われたんだ。その前に1回学校に行っておこうと思う」と私に言ってきました。
久しぶりに学校へ向かう背中を見て、私は思いました。「こんなに勇気のいることって、人生の中であるだろうか」と。私なら絶対に無理だと思いました。それができる息子の背中は逞しく見えましたし、学校へ行く怖さよりも友達に会いたいと思える——そんな風に思わせてくれたお友達には感謝しかありません。
選択肢は準備して、本人の意思を待つ
中学2年生の終わりまで休み休み通う状態が続きました。私はその様子を見て「高校は通信制が合うのでは?」と思い、密かにリサーチを始めていました。
しかし、パンフレットは本人が言い出すまでは取り寄せないようにする、と決めていました。通信制高校は今の時代、非常に魅力的で自立した選択肢です。ですが、息子は全日制高校も視野に入れていました。ここで私から「通信制はどう?」と提案してしまえば、人に決められるのが嫌いな性質ですから、押し付けられたと否定的に受け取ってしまうかもしれない。私は、息子が自分で答えを出すまで待っていました。
そして3年生の夏休みの三者面談の直前、「志望校は近隣の全日制高校にする」と伝えてきました。それは、通学の負担が少なく自分のエネルギーでも通えそうな学校を、彼なりに調べた結論だったと思います。
受験生の3年生は安定して学校に通い、「学校に通ってない間の学習を取り戻したい」と自ら塾へ通いました。一定の期間なら集中できる特性を駆使して乗り越えた受験期でした。
親の覚悟と、自分へのケア
現在、息子は元気に高校生活を送っています。けれど、これは「不登校を克服した美談」ではありません。今はただバランスの取れている状態、ということです。
親としての心配は、今後の高校生活、その先の大学進学、就職と、不安が消えることはないでしょう。でも、私は不登校という経験を悲観はしていません。動けない時期があったとしても、それはその子の価値を損なうものではないのです。
一方で、息子が中学3年生で安定して学校へ通えるようになった頃、私自身に異変が起きました。突然のパニック症状です。不登校という状況下で、親がこなすタスク、削られる精神力……自分が思っていた以上に、心身に負荷がかかっていたのだと痛感しました。
「誰でもうまくいかない時期もある」「早めの休息が大切」と、現在も不安障害として通院しながらも、日常は問題なく過ごせている自分を振り返って実感しています。
家庭という「灯り」が灯し続けるもの
子どもが不登校になると、生活が一変します。それは親子ともに痛みを伴う変化です。「どうしたらよいのだろう」と混乱したあの日から、家族の形を再構築してきました。
学校から離れて過ごしたあの公園、笑いが絶えない家での時間。それらは一見、社会的な前進には見えないかもしれません。けれどその時間こそが、揺るぎない我が家の「灯り」となっています。
たとえ外の世界で強い風に吹かれても、家庭の温度が温かく保たれていれば、子どもはエネルギーを溜め、歩み出すことができるのだと私は信じています。
■ 進路に悩む不登校の中高生、募集中
ということで、今回は実際に不登校のお子さまを育てた経験のある方から苦労やその先について語っていただきました。不登校にはわかりやすい「終わり」はきませんが、かといって進路が閉ざされてしまうわけでもありません。
記事の中にもあった通り、不登校の状態からでも全日制高校に進学することは可能です。
実は、私たちSchorbitは、中学・高校それぞれの段階で自宅からの受験を支援しています。


この2つで、進路に悩む不登校の子どもを再び軌道にのせるためのサポートを行います。
詳しくは該当する画像をクリックしてください。皆様の参加を心よりお待ちしております。

